『簡単に得た知識は簡単に忘れる』私が生徒に話すこの言葉は、あるテスト会社の社長の口から出た言葉だ。
 私が塾を開いた頃、若かった私はただがむしゃらに大声で授業し、一生懸命プリントをつくった。ある年、中2が、定期試験の前に、定期テストの対策となる問題を要求してきたので教科書をそのまま虫食いのようにした問題を作り丸覚えさせた。結果は満点続出、生徒は大喜び。ところがその中2が中3になった6月、学校で「ヒロガク」という会社の業者テストを全員が受験、結果は惨憺たるものだった。満点が取れていた子供たちが模擬テストで点を取れない。「そんなはずはない」と自問する。私は悩んだあげく、「ヒロガク」を訪れた。
 出会った男性に、もう一度子供に模擬テストやらせたいので、去年の問題をわけてくれないかと頼んだ。少し事情を話すとその男性は、うなずきながら問題をくださった。そして、早速生徒にやらせるとやはり点が取れない。もう一度会社を訪れるとまた同じ男性に出会った。その方が実はこの会社の門田(もんでん)社長(元RCCの有名プロデューサーの門田大地さんの父君)だったのだ。
 私は長い時間話し込ませていただいた。丸覚えでは試験範囲が狭い定期テストには通用しても、模擬テストには通用しないこと。ましてや入試では手も足も出ないこと、一夜漬けで作れるのは短期記憶、学習のプロセスを大事にして長期記憶をつくるべきこと・・・。その時に、社長は「簡単に得た知識は簡単に忘れる。あんたぁ~、本物の教びの入り口に立っとるでぇ~」と言ってくださった。そして数回分の過去の問題をお金もとらずに渡してくれた。駆け出しのひよっこだった私には、社長の励ましが心にしみた。その年、私は必死の巻き返しを図り、中3ほぼ全員を第1志望校に送り出した。私たちの学びに対する取り組みはそれをきっかけに始まった。今でも当塾の学びの標語に彼の言葉がいくつか残っている。(他には、「努力するという才能こそ最高の才能。」ともう一つは、「間違えた問題が生徒を伸ばす。」標語では、「間違った問題が君をのばす」にしている。)
 それから何年も経たないうちに社長の訃報を聞いた。私は数度お会いしただけの社長に多くを学んだ。今年も単なる丸覚えではなく、しっかり考えるプロセスや調べた資料やほかの知識との関連付け、興味を引き出す仕掛けや話を交えながら授業を展開している。