広島の学習塾|一斉指導・個別指導・少数指導で学力と実力を鍛えます
教室ブログ~学習共同体通信

会長

樹洞(うろ)

ずいぶん前に、大木の根元に樹洞(うろ)を見つけたことがあって、しばらくの間、どうして、こんな穴ができるのだろうかと疑問に思ったことがありまして・・・。大木の根元のまるで洞穴のような大きな樹洞でした。

そんなある日、棚田で有名な筒賀の井仁(いに)という場所から天上山へ登る山道の脇で別の光景に出会いました。それは、大きな一本の倒木でした。薄暗い森に落ちる木漏れ日。辺りに満たされた緑の香り。肌を包むような濃い湿気・・・。その倒木は緑の苔(コケ)で覆われていて、朽ちかけていました。そして、その倒木を骸(むくろ)として、倒木をまたぐように根を張った若木が勢いよく天を目指していました。その時ふと諒解(りょうかい)したのです。ああ、こうしてあの樹洞はできるんだと・・・。

  若木は、どんどん大きな木へと成長していきます。倒木の持つ栄養分も吸収しながら、空へと枝を広げます。そして、いつしか大木となった時には、苔むした倒木は朽ち果て、そこにぽっかりと穴が開いて、樹洞ができるのです。森の奥で静かに、しかも長い歳月をかけて、世代を受け継ぐんですね。そこには、悠久の時の流れを超えた「生命のドラマ」があるのです。  昨年も、私どもの各教室のいくつかで、生徒のお父様やお母様が亡くなられるという悲しい出来事に出会いました。ご病気の場合や事故の場合、いろいろな状況の中でも一様にそれぞれ悲しみがあり、もちろん、その子である私どもの生徒も深い悲しみの中で日々を過ごします。そしてその心をゆっくりとケアしながら、親の心を心として、子供たちを見守っていくことも私たちの大切な仕事です。

 「親はあなたの中で生きている。だから頑張ろうな。」私はそんな言葉を軽薄な慰めのつもりで子供たちに発しません。しっかりと本当に、命を子供たちに残して、本当に子どもたちの中で親は生きていると、そう思っているんです。そして、私たちは厳粛な「命のリレー」をして、今ここに生かされているんだから。「命いっぱい」に生きなければと思うのです

 樹洞は、命の跡です。その跡は、やさしく虫たちや小動物にあたたかくて穏やかな小さな住処(すみか)を与えていきます。そうやって、時は流れ、そうやって、命は受け継がれていくのです。                         yjimage河浜一也

 

追悼、山口恭弘先生

雨だった。

しとしととした雨だった。それは、自らを高くしない。控えめな故人に似た静かな雨だった。

しかし、故人は確固とした教育観を持ち、朴訥(ぼくとつ)とした言葉ながらそれを堂々と主張される力強い先輩でもあった。

故山口恭弘先生は、かつて、広島市佐伯区にあった有名進学塾・山口塾の塾長で、我々同業界の後進を指導してくださった先達だ。

山口塾といえば多くの優駿を集める進学塾として有名だった。広島を支える多くの名士を輩出している。現在広島県知事を務める湯崎英彦氏や世界的な指揮者大上英治氏らも卒業生。かつてアナウンサーからフジサンケイグループの社長夫人となった卒業生・頼近美津子さんが亡くなられたときには、残念の思いを印象深く吐露された。

20年ほど前に、塾そのものは引退され、塾長職を弟の山口哲弘先生に譲られたが、先生の手を離れた山口塾はその後閉塾。しかし、退職のずっと前から彼に求められた塾業界のけん引役の仕事には、その後も携わられ、全国の多くの仲間に慕われた。河浜とは、30年前に先生ご自身から突然のお電話をいただき、お付き合いを始めると、全国の先輩方や同志に引き合わせていただき、その人脈を引き継がせていただいた。

その塾業界で、任意団体「全国私塾連盟」理事長。その後いくつかの任意団体が合併した現在の「全日本私塾教育ネットワーク」の初代理事長。(河浜は現在同団体の副理事長を務めている)そして、経済産業省認可団体「公益社団法人・全国学習塾協会」副会長として、厚い信頼に応えられた。

河浜は鞄を持たせていただきながら、全国津々浦々に赴き、教育者たちと親交を持った。そういった旅の途上で先生のお言葉を聞かせていただくことは、本当に勉強になった。

本年8月3日、心筋梗塞で突然のご逝去。夏期講習会中であったためその事実は伏せられ、近親者のみで葬儀は行われたそうだ。それは、業界の事情をよく知っておられる奥様の決断されたご配慮だった。もしも新聞紙上にでも発表すれば千人を超える縁の方々が集まられたに違いない。

そして、11月8日日曜日、改めて、ホテルでの「お別れの会」を開催した。私はこの会のすべてを取り仕切らせていただいた。企画から司会進行・その他の諸手配のすべてを、ほぼたった一人で行った。先生への感謝の意味の込めて、このお役目だけは決してだれにも渡したくなかったのだ。

そして、その日は雨だった。

司会者として泣かないことだけを心に決めて司会を務めた。すると天が泣いてくれた。涙雨だった。

改めて思う。先生から学んだことは多い。しかし、先生の生き様・お姿から学ばせて頂いた最大のものは、「教育者は一途(いちず)でないといけない。」ということ。一途に教育にまい進すること。教育に携わる者は、そうでなければならないこと。それは、それこそ教育一筋、教育と塾のほかに何の話題もお持ちにならなかった一途な教育者・山口恭弘先生の単純で渾身のお教えである。

                                                                      会長 河浜一也  合掌

ところで、あなたは・・・

ぼくらがめぐりあう なにもかも

すべては過ぎゆく 流れゆく。

人生はしょせん かりそめの一瞬か。

しかしそれでも花はその一瞬のために必死で咲く。

まして、一篇の詩、一枚の絵はもしかしたら、

あるひとの心に永遠に生きることがある。

ぼくらはだからそれを求める。

ところであなたは・・・。

                やなせたかし「詩とメルヘン」より

 

この詩は、サンリオ出版から出されていた「詩とメルヘン」という月刊誌の巻頭言である。「やなせたかし」先生といえば、この「詩とメルヘン」にメルヘンとして発表した「あんぱんまん」で有名である。後にテレビ漫画として人気を博し、子供たちに絶大な支持を得たことは、誰でも知っている。私は妹とともに中学から高校・大学時代までこの「詩とメルヘン」を愛読した。

そして、先生と知己を得たのはまだ20代のこと、先生はよく歌を歌われた。あまりお上手とは言えないと言えばおこられるかもしれないが、河浜が歌をやっていることをお話しすると、ますます大声で歌われた。ご長寿であったとはいえ、2年前にお亡くなりになった時には、落涙を禁じ得なかった・・・。間もなくご命日(10月13日)である。合掌。

さて、先生はこの詩で、詩というものが「あるひとの心に永遠に生きることがある」と書いている。では我々の携わる教育というものはどうであろうかと考えさせられる。教育こそが子供たちの心の中にずっと影響を与えつづけ、教育にふれることによって、少し人生を変えることができれば幸せだなと思う。

何年か前、私どもの第3期卒業生から真夜中に電話があった。3期卒業生といえばもう40歳を超える。もうお母さんで、その娘さんもすでに当塾を卒業している。話は彼女のお父さんが亡くなったということだった。そんな人生の節目に、話したくなったと電話してきたのだ。

また別の日には、結婚が決まった卒業生が、結婚式に出席して、挨拶をしてほしいと連絡してきた。あまり努力家とは言えなかった彼が、人が変わったように努力を重ね、公務員として社会のお役にたっているのは、学習共同体での生活があったからだと言ってくれた。

上の詩の最後の一文「ところであなたは」に、こたえるならば・・・、ぼくらは教室の中で子供たちを揺さぶる一陣の風でありたい。そして、その風が、子供たちの一生を少し変える力になってほしい。    会長 河浜一也
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瞬発力より持続力(会長ブログ)

昨日(9月6日)、私は、広島市佐伯区の八幡・高井神楽団の後援会の発足式と懇親会に出席させていただいた。高井神楽団は、およそ江戸末期には成立した神楽団で、佐伯区八幡には高井神楽団と保井田神楽団の2つがあったと伝えられる。しかし、時の流れの中でついに二つの団は解散し、伝承者は途切れたかに見えた。ところが15年ほど前に高井神楽団復活を発案する方が出て、たった一人の舞い手で再スタートを切ったそうだ。それから団員を募り、練習に練習を重ね、そして、数年前、山陰と山陽の神楽団が集まる大会で優勝、さらにはそういった優勝者が集まる、いわゆるグランプリ大会でも優勝の栄冠を勝ち取った。まさに努力が実った快挙である。   その草創期を思うと、何度か団を解散しようかとの思いもあったに違いない。汗を流し、声を絞った日々や、挑戦を退けられた日々は長く横たわっていたに違いない。要はコツコツと努力し続ける力が必要なのだ。   学ぶということも同じだ。「瞬発力」より「持続力」。コツコツとした学びを地道に続けてきた者が最終的には伸びる。休まない・さぼらない・少しずつでも着実に前に進む。そうした努力が結果を産む。   したがって、欠席をせずに着実に続けること。遅刻をせずに頑張ること。学問や受験に近道を求めずに、ひたすらに歩むこと。「持続することこそが大切。」この日、私は会の中でそう感じさせていただいた。   あらためて、高井神楽団後援会発足、そして優勝おめでとう。   会長 河浜 一也

今年の夏に変えたこと(会長ブログ)

山荘3今年、春の保護者会で強調してお話しさせていただいたことが何点かある。公立高校入試の出題内容が変わったこと。その変化は5年後の教育改革の先行変化にほかならないこと。そして、そのことに気づくことが大切であり、今後の入試対策もその方向性を大前提に行うこと。また、出題の変化をそのように意識しなければ、変化の本質を見誤ることになるので、きちんとした視座をもって、塾として生徒によき指導ができるように努力したいということ、などだ。 多くの塾関係者との懇談の機会を持つ河浜は、早くからこうした考えに立って受験指導を行うように塾内で徹底し、この考えに基づいて昨年も受験指導を行ってきた。でありながら塾業界内を見渡すと、現状においてこのことを声高に話す人はまだまだ少ないと言わざるを得ない。すなわちわれわれは、同業他社に比べて少し先を歩んでいるのだと認識しており、このリードを生徒への受験指導に還元しようと努力している。 このような認識から、主に中学3年生と一斉指導の小学生通常科において、この夏休みの学習内容を変更改善して、新しい取り組みをおこなっている。 中学3年生では、入試対策の一環として例年秋に行っていた受験基礎事項に関する学習を、夏期講座スタート前に家庭学習としてやっていただき、きちんと理解できたかどうかを講座中にチェックするという取り組みを、昨年までの夏期講座の学習内容にプラスして行っている。それだけこの夏は中学3年生諸君にとって過酷な夏になっている。例年よりやらねばならないことは多い。この学習は、一昨年より公立高校入試が一般に難化傾向にあり、十分な応用力をつけなければ対応できない問題が増えたため、そういった問題に対応する時間をしっかりと取るために、基礎事項を前倒しで履修したということで、簡単に言うと例年より公立高校中心の入試対策の時期を早めたことになる。一斉指導教室においても、個別指導教室においてもこうした取り組みをおこなって、塾の研究の成果が発揮されようとしている。 また、一斉指導教室の小学生科では、その特色でもある体験学習などがさらに充実して展開されており、個別指導教室においても、その成果の一部を享受している。宮島歴史散歩・星降る一夜合宿にも例年を超える多くの申し込みをいただいている。一斉指導教室では、理科実験教室やオリジナル検定の他、英語・漢字・計算を鍛えるオプショナル講座も用意された。とくに、教育改革で位置付けが大きくなる英語を小学生のプログラムの中に取り入れたことは特に意義深いことと感じているし、今後の方向性を示す新しい取り組みとして、今後その効能成果について検証していかねばならない。いずれにしても、学習塾の業界の最先端を走る以上、われわれ側が努力を重ねていかなければならないことは言うまでもない。そうした変化がこの夏は盛りだくさんである。小さく見えるこうした変化を私たちは大きな変化ととらえ、その意義に沿った成果を出そうと懸命に取り組んでいる。 会長 河浜 一也

公立高校入試の問題は大きく変化している(会長ブログ)

今回の保護者会でも、説明させていただいていることに、公立高校入試問題の大変化がある。

昨年の国語の問題では120文字の長文で答える問題が出題され、関係者をあっと言わせた。それも従来の分量の問題に付加して出題されたため、多くの受験生にとっては、時間内に解答することが困難だったに違いない。今春は新聞への投書に対する生徒の会話を題材とした問題が出題された。過去に例を見ない。

社会科は、多くの資料を羅列し、その資料を読み取ることが出題された。長年社会科は記憶の蓄積を重要視する記憶科目と言われてきたが、この春の出題はそれを覆したともいえるかもしれない。

数学は資料問題が出題され、理科では分野をまたぐ融合問題やエネルギー問題・環境問題が出題されている。英語はリスニング問題で、英語の会話の多様な場面設定から出題となった。

簡単に言うとこれらの大変化は、現中学1年生が大学へ進学する際に導入される新テストを見越しての事であり、その際の学力観の変更に影響を受けて起こっている入試問題の先行変化と見て間違いない。

今春は、多くの高校が入学定員を絞ってきた。この変化にも驚きを禁じえない。この2年間は公立高校への入学者が広島市周辺の地区だけでおよそ300名ずつ少ない。それだけ私立高校へ生徒が流れたことになる。

もちろん私たちはこういう2年間の入試にも対応してきた。しかしこれまでの入試対策で対応できる領域を既に超えてきたというべきだろう。今年は例年よりも早期に入試実践対策を行うように、例年のシラバスとは別のメニューを用意して、中学3年生の入試対策に万全を期すこととした。夏休みの期間に行われる夏期講座は大切なものとなる。

今回の教育改革はおそらく戦後最大のものとなる。問われる学力は、思考力・表現力・コミュニケーション能力の3つだ。こうした変化に対応すべく、新しい対策問題作りがおこなわれている。早めの基礎作りを夏休みを中心に完了し、これらの3つの能力を問う応用問題を受験対策の後半で行う時間を確保する予定だ。現在それを実現するための各教師の教材作りの取り組みが必死に展開されている。

 

会長 河浜一也

公立高校高入試対策問題、作成に急ピッチ(会長ブログ)

この春、公立高校入試の状況は、大いに荒れ、各中学校でも他の塾でも、多くの不合格者を出したことは、今春のスケッチブックでもお話しさせていただいた。そんな中で、当塾は生徒諸君の努力によって、高い合格率を維持した。彼らの努力を大いに賞賛したいとおもう。特に、五日市中央教室や戸坂の上中学院の100%全員合格をはじめ、多くの教室で在籍生のほとんどが、第1志望の公立高校へ合格を果たした。その合格者の割合は群を抜いている。広島市の西部でほとんどの中堅公立高校が40名の生徒募集定員を削減するという中で、わが塾の状況は生徒諸君の頑張りに支えられたことになる。
ここでもう一つ見逃してはならないことがある。今年だけではなく、昨年以来、入試問題の内容が大いに変わったということだ。難しいことで有名だった数学の問題はずいぶん解きやすくなり、逆に数学の限らず、表現力や資料を読み取る能力などが問われる問題はずいぶん解きにくいものが出題されるようになった。これは来たる大学入試の変革内容に対応したものであることも言うまでもない。したがってこうして変化した内容は、これからも継続されることは間違いなかろう。

今、私たちは公立高校入試に対策するための当塾独自対策問題の大改訂を行おうとしており、この5月から作問を開始した。全職員が取り組んでいる指導技術交換会で、教科ごとに分科会に分かれ、今まで蓄積してきた具体的な対策問題を作り替えるのだ。そして、今年はその改訂が相当大規模なものになることを覚悟している。

また、今年は平生の授業の中で、入試対策を早期から行うようにスケジュールの改定も行った。公立高校のここ2年間の出題は、教科によって、かなりの応用力を要求するものに変化しており、受験前に応用力を鍛え養成するためには、早い時期に基礎基本の事項を固めておかねばならないと考えたからだ。

平生の授業の中に、もう入試対策は始まっている。

会長  河浜一也

教育改革が高校入試を先行変化させた。

教育改革の中身と先行変化

 この1年間私たちは、公立高校入試対策として、少し例年にない動きをいたしました。原因は公立高校入試の出題内容の変化に対応するためでした。
 最初にくづいたのは今から2年前、今春高3になる諸君が受けた公立高校入試の国語の出題で120文字で答える問題が出題されました。その時私たちはこの問題が2020年のセンターテスト廃止にともなう教育改革の先行変化ととらえました。それは、特に表現力を問う問題です。

また、昨年の社会科の地理の問題は、資料を読み取る問題に大きくシフトしました。もはや地理は記憶教科ではないといえる状態になったのです。思考力や判断力を問う問題です。

「思考力」「判断力」「表現力」を問う教育改革、その改革は、高校と大学の接続改革というふうに呼ばれてはいますが、教育の世界では長年にわたって、大学入試が変わらなければ、中学入試や高校入試は変わらないと言われてきました。さらには、その変化によっては学校教育そのものが変わるとも言われています。その最初の変化として入試が変化していると考えた私たちは、その先行変化に対応していこうと考えました。私たちは教育改革の最先端で、「思考力」「判断力」「表現力」を少しでも鍛えていこうとしたのです。

ここでもう一度、2020年に予定されている教育改革の内容について、確認いたします。

2020年には、センターテストが廃止され、高校在学中に受ける基礎力テストと、高3で受ける大学入学者を選抜するテストにかわります。特にその中で大学入学者を選抜する学力評価テストは、記憶中心のテストではなく、「思考力・表現力・判断力やコミュニケーション能力」を問う問題に変わるのです。そしてその改革は今春の新中2学年から実施、新小3~4からはコンピュータによるテストが計画されています。また合わせて英語教育が大きく変わり、個別大学の英語は外部テストを導入する大学が多くなります。推薦融資やAO入試は難化。簡単な推薦入試だけ、AO入試だけといった枠組みの入試はなくなるようです。
 入試の形式だけの変化ではなく、どのような能力を「学力」として評価するのか。学力観の根本的な変化です。もちろんそういった学力観は以前から言われてきたことですが、それに対して実際の大学入試は知識偏重・記憶中心のテストに終始していたのです。今回の改革は根本的な改革と言えます。

 

2012/10/24 19:25

2012/10/24 19:25

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ある楽曲から(会長ブログ)

「世界の終わり」というバンドをご存じだろうか?わたしが、この変わったバンド名を聞いて2年くらいになるだろうか。バンド名だけでなく、独特の世界観を持ち、独特のサウンドを志向しており、今若者に絶大な支持を受けている。

下の詩は彼らの「銀河街の悪夢」という歌の歌詞である。彼らの心持ちは、ある意味非生産的にも見え、教育に携わる者としては、このようにあらわされる感性からの成長を導くようにと思う部分と、逆にこの感性を理解したうえで子供たちに当たっていかなければならないと自らを戒める気持ちを促されもする。

ただ、このフレーズの中に隠された、まぶしいばかりに育った[大人]という人種が、悩みと不安の中にいる子供たちに対して、その心情にはお構いなしに、夢とか希望とかを押し付ける姿が見え隠れしないだろうか。まあ、いずれにしても少し歌詞に触れていただこう。

 

銀河街の悪夢
日に住みついてる幻覚の名前は
皆さんご存知「希望」というアレです
未来なんて来なけりゃ皆とのこの差も
これ以上は開くことは無いのにさ

だって咋日も一昨日も変わろうとしてたけど
今日も僕は変われないまま今日がまた終わってく

明日また起きたら何か始めてみよう
だから今日はいつもより早く眠りにつこう
だけど眠れなくて朝日が昇るんだ
明日はもっと自分が嫌いになるのかなぁ

辛辣で風刺的なとも取れる歌詞は続く、しかし、その詩をおおう感覚には若者の取り巻く状況を赤裸々に訴えたストレートな言葉がちりばめられている。
「明日に住み着いている幻覚=希望」「未来なんて来なけりゃ…」「今日も僕は変われないまま」「眠れなくて朝日が昇るんだ」不安定な自分を表す言葉の羅列、誰もが経験する焦燥感からくる非生産性。そんな時期をよほどの順風に乗り続ける人を除けば、誰もが経験しているに違いない。少なくとも私は経験している。

ところが、子供たちは、そんな時期を通り過ぎた大人たちによって、「理想化された歩むべき道を踏み外すことなく、より良い歩みを歩ませよう」と、子供たちにとっては場違いな健全性へと誘われ、いきなり「夢」や「希望」を突きつけて攻めてくる。「夢を持とう」「夜の向こうには、輝く明日が待っている」「希望に向かって歩むんだ」そういう言葉は多くの子供にとって絵空事のように感じられるものとなっているのかもしれない。そうしたパターン化された「夢」や「希望」を持てないことが何か悪いことのように大人は子供に接していないだろうか・・・。

私はそれでも親であり教育を生業とするものとして、彼らに夢や希望を語り続ける使命を持っている。ただ、まるで夢をかなえた人間が成功体験のみに裏打ちされた経験で真正面から子供たちにあたるのではなく、もしかしたら一つ二つ三つと階段を降り、自らの魂のやり場のなかった時期を想いながら、先ずは子供たちと共感する部分を見つけることから教育がスタートしていくことを忘れないようにと思っている。子供たちの感覚は確実に変わっているのだ。だからこそ、教える側も時代の生んだ歪みを理解しながら、それでもまっすぐに子供たちを導いていきたいと活動を続けるのみ・・・

sekaowa

夜顔(会長ブログ)

河浜です。
昨日の話の押し入れに放り込まれた夜咲く花。私はその花を「夜顔」と呼んでいました。高さ50~60㎝位になる多年草で、夏に白いラッパ状の大輪の花を咲かせます。これらは後に調べたことで、正式な名前を「洋種朝鮮朝顔」というそうです。朝顔という名前なのに夕方暗くなったら咲き、朝には閉じてしぼんでしまいます。私はどういうメカニズムで花がしぼんでしまうんだろうかということが、とても気になりました。一定の時間しか咲けないのかな?それとも光を感じているんだろうか?そう思って母に話したところ、母は掘り起こした夜顔を大きなポリバケツに入れて押し入れに放り込んだのでした。
どうなったと思いますか?
花はなんと10日間も咲き続けたんです。「光を感じるんだ!」とわかった時の素直な感動を今でも覚えています。
子供たちは学校や塾、また本やテレビからいろんな知識を受け取っていきます。それを少しでも体験として裏打ちしてやりたい、そうやって得た知識こそ本当に強い知識となるからです。
学習共同体河浜塾さんの写真
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